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帝京大学ちば総合医療センターへの通院を続けていくか悩んでいる話

一応ここ脳卒中日記ということになってるので脳卒中について書こうと思います。

ここを読んでくださっている方なら理解して下さることと思うのですが、実は今日も通院を続けるかどうかで迷っていました。お前まだそんなこと言ってるのかと怒らんといて下さい。
これは僕にとって重大な問題で、一日たりともこのことで悩まなかった日はありません。すいません、大袈裟でした。本当は週に3日ほど計3時間ぐらい悩んでます。


以前にも書いた通り、主治医に対しては3月に通院と服薬を止めたいと申し出ましたが、その時は叱られ、後日僕が謝るというか折れるような形でソーシャルワーカーに調整をお願いすることになりました。
主治医が指摘した「面倒くさくなった」「お金がかかる」といった問題を僕は否定出来ません。
むしろ正鵠を射ていると云って良いほどで、図星だからこそ僕はショックを受けた面も確かに存在します。


憂鬱なことの一つは、しかし実は主治医が指摘した要素がクリティカルではないはずなのに、でもそうしておかないと本当に「面倒くさい」ことになりかねないので、これから先、僕は3ヶ月に1回5分の診察の間を主治医の前でずっとつまらない演技をし続ける必要があるのではないかということです。


トリックスターとしての一面が頭を擡げ、時に好奇心を刺激しながら、自分の中の様々な自分が語りかけるのはその殆どが「通院を止めろ」「主治医を信用するな」という内容でした。つまり、僕の勘は通院を止めるという選択を支持しているのです。

11月の終わりに次回の通院の予約が入ってますから、その1ヶ月前となる10月の終わりまでには一定の結論を出そうと思って僕はずっと考えてきました。
通院を止めるという結論に至った場合、主治医に言っても立場として責任問題の関係などから認めてもらえないでしょうから、神経内科の受付にキャンセルを申し出るつもりです。


ただ、これだけ書いといて情けないのですが、今までの主治医とのやりとりを思い返す度に、医師としての情熱と一人の人間としての素朴な優しさを感じさせる様々な配慮が自分の心に響いているのは確かであり、通院を続けるという選択をした時以上に通院を止めた時の後悔の方が圧倒的に上回ることが容易に想像出来、現在は8:2ぐらいで通院を続けた方がベター軍の形勢が有利になっているでしょうか。


実のところ僕は主治医に対して疑いを抱いておりました。いや、現在でも抱いている状態であるのですが、僕という明らかに「ハズレ」として振る舞った人間を引いて尚、長く向き合う覚悟を示して頂けただけでも僕にとっては勿体無いぐらいの「大アタリ」なのかもしれません。

では、実際にはどうするのか。それを判断するために通院に対して今一度ポジティブな要素とネガティブな要素を少し整理しておきましょう。

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通院に対してネガティブな要素

・多忙のためか、主治医が説明に対して消極的なところがある。また質問を受け付ける時、妙に身構え、刺々しさを含む言動になる。


・通院を止めるという選択の方が単純に面白そう。色々な所からのテンプレではない回答や意見・リアクションを期待できそうなところも含めて、自分の知的好奇心が満たせる可能性がある。


・主治医について、以前は僕のことを明らかに蔑むような目で見ており、プライドの高さを露わにさせながらコントロールしようとしていた。3月の件以来、凛としたところが崩れて物腰が柔らかくなったが、一方でよそよそしくもなってしまったので申し訳ない気持ちがある。


・僕という人間には自殺願望があるので、定期的に通院をして心身の管理をされることと、僕が自殺をした際に主治医の責任問題に発展する可能性があればそれは不本意だから。


・一生の通院と服薬はやはりきつい。帝京大学ちば総合医療センターという病院の敷地内に足を踏み入れた瞬間に自分という人間から色々な物が剥ぎ取られ、まな板の上の鯉として時間と金を費やすだけの繰り返しは気持ちを萎えさせる。


脳卒中で倒れたという事実、そして通院が必要であるというハンディキャップを隠すことによって得られるメリットと通院を止めて再発するリスクを天秤にかけた時、僕の位置する社会的ヒエラルキーを考慮した場合にはメリットの方が上回るのではないかと思う。ただ、これは為にする議論になりがちで我田引水的なのだけども。


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通院に対してポジティブな要素


・主治医が患者をよく見ていて僕のことを気遣っていてくれているのがよく分かったし、言葉の端々などから伝わってくる優しさが不器用であるのも逆に暖かみを感じさせる。おためごかしに逃げ込むようなことはしないと信じていいのかもしれない。


・主治医は相性が悪くなければ長い付き合いになると云ってくれたけど、現実問題、そんなに長い付き合いにならないのではないかと思っている。恐らく結婚されているだろうし、そうであるならばそれに伴う様々な事情で担当医が代わることがあるだろうし、そうでなくても他の病院に移ったり、留学をしたりといったことはあるだろうから。我ながら酷いのだけれども、2~3年程度なら付き合いを続けて、迷惑をかけるのであればその後の医師でもいいかなと考えている。


・実は僕の主治医には医療に対する並々ならぬ情熱とそれが齎す狂気が渦巻いているのかもしれないと思われるから。ほんまかいな。春までは気づかなかった。医師の肩書がなければ割と普通の人なんじゃないかと思ってたけど、でも違うのかもしれない。その普通の人とは違う部分をもう少し見ていたくなった。ただ、一市民の立場で云うと、医療に傾ける情熱が人一倍あって優秀な方であるなら尚の事、市原市には勿体なく、ここにいるべきではないのではとも思う。

 

・診察までの待ち時間が短い。日本の医療を表す言葉に3時間待ちの3分診療というものがあるが、僕の主治医は30分程度の待ち時間で済む。8月の通院の時などは5分程度しか予約時間から待たなかった。これはどういうマジックを使っているのか分からないし、それが実際には主治医や自分を含めた患者全体にとっても良いことなのかも分からないが、ほぼ予約時間通りに診察が始まるという奇跡を体験できたことは、次回の違う奇跡に期待してみたくなる。処方箋がロボットの口から出てきて、受付で帰されるとか。


・どんな理由や背景があったにせよ、僕は119番に電話をして救急車を呼んだ。そして、多くの病院による受け入れ拒否を経て、辿り着いたのが帝京大学ちば総合医療センターである。その時、夜中に恐らく当直だったと思うのだけど、自分を診てくれたのが今の主治医なので、大変感謝しており、その恩義に後足で砂をかけるようなことはしたくないから。じゃあそもそも通院止めたいとか言い出すなよって話だけど、あの時は、私の負担も軽くなるからオッケーって言ってくれると思ったんだもん。

・自分の身内が倒れた時に帝京大学ちば総合医療センターにお世話になるかもしれない。その時に後ろめたい気持ちで病院に来ると、医師や多くのスタッフの方に対して素直に感謝できないかもしれないし、それはミゼラブルなことだと思うから。

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